デジタルコンテンツを「管理」する:紙媒体編集者のためのCMS入門
紙媒体の編集に長年携わってこられた皆様にとって、デジタルメディアの世界は多くの新しい概念やツールに満ちていることと存じます。企画から取材、執筆、校正、デザイン調整、そして入稿という一連の紙媒体の編集フローは、デジタルコンテンツの制作・公開プロセスにも共通する部分が多くありますが、一方で「コンテンツの管理」という点においては、デジタル特有の仕組みが不可欠となります。
紙媒体では、完成した記事やデザインデータは、ファイルサーバーやDTPソフトの管理機能で整理し、入稿データを印刷会社に渡すことで世に出ます。しかし、日々更新されるWebサイトのようなデジタルメディアでは、コンテンツの作成、編集、公開、そして古いコンテンツの管理といった一連のサイクルを効率的に行うためのシステムが必要になります。その中心的な役割を担うのが、CMS(Contents Management System:コンテンツ管理システム)です。
この記事では、紙媒体での編集経験をお持ちの皆様に向けて、CMSとは何かという基本的な概念から、その主要な機能、そして紙媒体で培ったスキルがどのように活かせるのか、さらにCMSを選ぶ際のポイントについて解説します。この記事を通して、デジタル時代のコンテンツ管理の要であるCMSの全体像を掴み、ご自身の編集スキルをデジタル分野でさらに発展させる一助となれば幸いです。
CMSとは何か? なぜデジタル編集に必要なのか
CMS(コンテンツ管理システム)は、一言でいえば「Webサイトのコンテンツ(テキスト、画像、動画など)を、専門的な技術知識がなくても作成、編集、管理、公開できるシステム」です。
紙媒体で例えるなら、編集者が企画・構成を考え、ライターが執筆し、デザイナーがレイアウトを組むといった各工程を経て、最終的に組版されたデータを印刷所に渡すイメージに近いかもしれません。しかし、デジタル、特にWebサイトにおいては、コンテンツの作成・更新頻度が高く、またデザインとコンテンツが密接に関連している一方で分離されているという特性があります。
HTMLやCSSといったWebサイトを構成する専門言語の知識がなくても、ワープロソフトを使うような感覚で記事を執筆したり、画像を挿入したりできるのがCMSの大きな利点です。これにより、編集者やライターといったコンテンツの専門家自身が、Webサイトの更新作業に直接関わることが可能になります。
また、複数人でWebサイトを運営する際には、誰がどのページのどの部分を編集したのか、最新の状態はどれか、といった管理が非常に複雑になります。CMSはこれらのコンテンツを一元的にデータベースで管理し、共同作業を効率化するための様々な機能を提供します。これは、紙媒体で複数の人間が同じ原稿やレイアウトデータを共有・管理する際の課題感を解消する仕組みとも言えます。
CMSの主要な機能
CMSには、デジタルコンテンツのライフサイクルを管理するための様々な機能が搭載されています。代表的な機能をいくつかご紹介します。
- コンテンツ作成・編集機能:
- WYSIWYG(What You See Is What You Get:見たままが得られる)エディタ:まるでワープロソフトのように、装飾や改行を視覚的に確認しながらテキストを入力・編集できます。紙媒体でのDTPソフトにおけるテキスト入力に近い感覚で操作できるものが多いです。
- メディアライブラリ:画像や動画などのメディアファイルをアップロードし、管理できます。紙媒体での写真素材やイラスト素材の管理と似ていますが、デジタルならではのファイル形式や容量の管理が必要になります。
- ワークフロー・公開機能:
- 承認ワークフロー:記事の作成→レビュー→承認→公開といった、紙媒体での「執筆→校正→校了→入稿」のような段階的なプロセスをシステム上で設定・管理できます。誰がどの段階まで作業を進めたか、誰が承認する必要があるかなどが明確になります。
- 公開・予約公開:作成・承認されたコンテンツをWebサイトに公開する機能です。特定の日時に自動的に公開するように予約設定することも可能です。紙媒体の「発売日」にあたる概念ですが、デジタルでは公開日時をより柔軟に設定できます。
- バージョン管理:コンテンツの変更履歴が自動的に記録されます。いつでも過去の状態に戻したり、変更内容を比較したりできます。これは、紙媒体の編集で原稿のバージョン管理(例:「初稿」「修正1」「最終」など)を手動で行っていた作業を、システムが自動化してくれるようなものです。
- 管理機能:
- ユーザー・権限管理:コンテンツを作成・編集・公開できるユーザーを登録し、それぞれの権限を設定できます。役割分担に応じたアクセス制御が可能です。
- テンプレート機能:サイト全体のデザインや、記事ページ、トップページなどの構造がテンプレートとして管理されています。コンテンツを入力するだけで、デザインが適用された状態で表示されます。紙媒体でのフォーマットやスタイルガイドのようなものですが、デジタルではより動的に適用されます。
- コンテンツ分類・タグ付け:記事をカテゴリに分類したり、関連性の高いキーワード(タグ)を付与したりできます。これにより、サイト訪問者が情報を探しやすくなります。紙媒体の雑誌における「特集」や「連載」、あるいは索引のような概念と関連付けられます。
紙媒体編集者の経験がCMS活用にどう活かせるか
長年紙媒体の編集に携わってこられた皆様は、デジタル編集においても非常に多くのスキルを活かすことができます。特にCMSを活用する上で、これまでの経験は大いに役立ちます。
- 構成力と情報構造化:
- 紙媒体で培った、読者に分かりやすく情報を伝えるための構成力や、見出し・小見出しの設計スキルは、デジタルコンテンツにおいても極めて重要です。Web上ではユーザーが素早く情報をスキャンする傾向にあるため、論理的で分かりやすい構成や、内容を的確に表す見出しは、ユーザー体験向上に直結します。CMSの編集画面で、情報の階層構造(見出しレベルなど)を意識してコンテンツを作成することは、紙の目次や見出し構成を考える作業と共通しています。
- 校正・校閲スキル:
- 誤字脱字や不正確な情報を見抜く校正・校閲のスキルは、デジタルコンテンツの信頼性を担保する上で不可欠です。CMS上での入力・編集作業においても、公開前に必ず校正・校閲プロセスを経ることが重要です。ワークフロー機能を活用すれば、紙の校正・校了のように、関係者によるチェック体制をシステム上で構築できます。
- 情報整理と分類:
- 紙媒体で大量の原稿や素材を整理し、特集や企画に合わせて分類してきた経験は、CMSにおけるコンテンツの分類(カテゴリ分け)やタグ付けに活かせます。適切に分類・タグ付けされたコンテンツは、サイト内検索や関連コンテンツ表示の精度を高め、ユーザーが求める情報にたどり着きやすくします。
- 読者視点:
- どのような情報が読者に響くか、どのように伝えれば理解されやすいか、といった読者視点は、デジタルメディアでも変わりません。CMSでコンテンツを作成する際も、「この情報はユーザーにとって必要か」「この表現は適切か」「もっと分かりやすい構成はないか」といった問いを立てることは、紙媒体での編集と同じように重要です。Webユーザーの行動特性(例えば、パソコンとスマートフォンでの閲覧の違いなど)を理解することで、より効果的なコンテンツ作りが可能になります。
- 入稿・進行管理の経験:
- 締切を守り、決められた手順でデータを完成させ、印刷所に渡すといった紙媒体の入稿・進行管理の経験は、CMS上でのコンテンツ作成から公開までのワークフロー管理に非常に役立ちます。タスクの分解、担当者の割り当て、期日管理といった考え方は、CMSのワークフロー機能やプロジェクト管理ツールと組み合わせて活用できます。
CMSを選ぶ際のポイント
これからデジタルコンテンツ管理のためにCMSを導入・活用する場合、様々な種類のCMSがある中で、どれを選ぶかは重要な判断です。いくつかポイントを挙げます。
- 利用目的とサイトの種類:
- ブログなのか、企業のコーポレートサイトなのか、ECサイトなのか、メディアサイトなのかなど、構築したいWebサイトの種類や規模によって適したCMSは異なります。ブログ機能が充実しているもの、大規模サイト向けのもの、特定の業種に特化したものなどがあります。
- 使いやすさ(特に編集者にとって):
- コンテンツを作成・編集する編集者が日々の作業で使うシステムですから、直感的で使いやすいかどうかが非常に重要です。WYSIWYGエディタの操作性、画像挿入のしやすさ、ワークフローの分かりやすさなどを確認しましょう。可能であれば、無料トライアルなどで実際に操作感を試してみることをお勧めします。
- 必要な機能の有無:
- 前述のようなワークフロー機能、多言語対応、会員機能、外部システム(アクセス解析ツールなど)との連携機能など、自社の運用に必要な機能が搭載されているか確認が必要です。
- セキュリティとサポート体制:
- Webサイトは常にセキュリティリスクに晒されています。システムのセキュリティ対策がしっかりしているか、問題発生時にサポートを受けられる体制があるかなども考慮すべき点です。
- コスト:
- オープンソースのCMSは無料で利用できるものが多いですが、サーバー費用やカスタマイズ費用、保守費用などが発生します。商用CMSやクラウド型CMSは月額料金やライセンス費用がかかります。予算に応じて検討が必要です。
代表的なCMSとしては、世界中で広く使われているオープンソースのWordPress、企業サイトや大規模サイト向けのDrupalやJoomla、クラウド型のWixやSquareSpace、プログラマーに人気のヘッドレスCMSなど、様々な選択肢があります。それぞれの特徴を理解し、ご自身の目的に合ったものを選ぶことが重要です。
まとめ
デジタルメディアにおけるCMSは、紙媒体におけるDTPソフトやファイル管理システム、そして組版工程を統合し、さらに公開・更新・管理というデジタルならではのサイクルを効率化するための基盤となるツールです。
紙媒体で培われた編集スキル、すなわち「読者に情報を分かりやすく伝える力」「正確性を追求する力」「情報を整理し構造化する力」「プロジェクトを管理する力」は、CMSを使ったデジタルコンテンツ編集においても非常に強力な武器となります。新しいツールであるCMSを学ぶことは、これまでの経験を無駄にするのではなく、むしろその価値を再認識し、デジタルという新しいフィールドでさらに活かすためのステップです。
CMSの基本的な概念を理解し、その機能を使いこなすことは、デジタル編集者としての幅を大きく広げます。ぜひ、ご自身の編集スキルを活かし、デジタルコンテンツ管理の世界に一歩踏み出してみてください。