紙媒体の知見を活かす:デジタル時代の画像利用と著作権・肖像権の実践
はじめに
長年紙媒体の編集に携わってこられた皆さまにとって、記事や書籍に掲載する写真やイラストといった画像素材の扱いは、常に細心の注意を払うべき重要事項であったことでしょう。著作権、肖像権といった権利処理は、紙媒体の編集実務における基本的ながらも非常に専門的な領域の一つです。
デジタルメディアにおいても、コンテンツに画像は不可欠であり、その重要性は変わりません。しかし、インターネットの普及による情報の拡散性の高さ、多様な画像の取得経路、そして生成AIといった新しい技術の登場により、デジタル時代の画像利用における著作権・肖像権の問題は、紙媒体とは異なる、あるいはより複雑な側面を持つようになっています。
この記事では、紙媒体での経験を通じて培われた権利意識を基盤としつつ、デジタル時代の画像利用において特に注意すべき点、実践的な確認方法、そして最新の話題について解説します。デジタルコンテンツの信頼性を維持し、安心して画像を利用するための知識を身につける一助となれば幸いです。
紙とデジタルの画像利用:共通点と違い
著作物や被写体の権利を尊重するという基本的な考え方は、紙媒体でもデジタル媒体でも共通しています。無許諾での利用は原則として著作権侵害や肖像権侵害にあたる可能性があります。しかし、デジタル時代ならではの特性が、問題の発生確率や影響範囲を大きく変えています。
共通する基本原則
- 著作権: 写真家やイラストレーターなどが創作した画像には著作権が発生します。権利者の許諾なく複製、公衆送信(インターネットでの公開など)することは著作権侵害となります。
- 肖像権: 特定の人物が写っている写真には、その人物の肖像権が発生します。本人の許諾なく公開・利用することは、プライバシー権やパブリシティ権(有名人の経済的利益を守る権利)の侵害につながる可能性があります。
- 許諾の必要性: これらの権利を侵害しないためには、権利者からの適切な利用許諾を得ることが不可欠です。利用目的、範囲、期間、加工の可否などを明確にした上で許諾を得る必要があります。
デジタル時代ならではの違いと課題
- 高い拡散性: デジタルコンテンツは容易に複製・転載・シェアされます。一度インターネット上に公開された画像は瞬く間に広がる可能性があり、問題が発生した場合の影響範囲が紙媒体と比較にならないほど大きくなります。問題のある画像を「回収」することも極めて困難です。
- 多様な取得経路: プロのカメラマンやストックフォトからの購入だけでなく、フリー素材サイト、SNSからの引用、スクリーンショット、そして生成AIによる画像など、様々な経路で画像を取得する機会が増えました。それぞれの取得経路には異なる利用規約や注意点があります。
- ライセンスの複雑化: クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)のように、様々な条件付きで自由な利用を許諾する仕組みや、ストックフォトサイトごとの詳細な利用規約など、ライセンスの種類や解釈が複雑になっています。
- 技術的な課題: ウェブサイトへの「埋め込み(embed)」表示は、法的に複製にあたるのか、元のサイトの規約はどうなっているのか、といった技術的な側面も考慮する必要があります。また、トリミングや色の調整といった加工についても、どこまで許されるかは許諾内容によります。
これらの違いを理解し、デジタル編集における画像利用の実践的な注意点を把握することが重要です。
実践:画像利用前のチェックリスト
デジタルコンテンツに画像を利用する前に、必ず以下の点を確認する習慣をつけましょう。紙媒体での確認プロセスに、デジタルならではの視点を加えるイメージです。
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画像の権利者は誰か?
- 撮影者・制作者: 写真家、イラストレーター、デザイナーなど、画像を作成した人物や組織が著作権者です。
- 被写体: 人物が写っている場合は、その人物に肖像権があります。特定の場所や建物、物品にも所有権や管理権が関わる場合があります。
- 所有する権利: 利用しようとしている画像について、利用許諾権や著作権を誰が持っているのかを明確に特定します。自分で撮影・作成したものでない限り、必ず権利者が存在します。
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どのような権利が発生しているか?
- 著作権: 画像そのものに発生します。
- 肖像権: 被写体(人物)に発生します。
- パブリシティ権: 有名人の肖像などが持つ顧客吸引力に関する権利です。
- その他: 登録商標(ロゴなど)、意匠権、プライバシー権なども関わる可能性があります。
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適切な利用許諾は得られているか?
- 許諾の形態: 権利者からの直接の許諾、契約に基づく許諾、ライセンス契約(ストックフォトなど)、またはクリエイティブ・コモンズなどの規定に基づく利用などが考えられます。口頭での許諾はトラブルのもとになりやすいため、書面やメールなど証拠が残る形での許諾が理想です。
- 利用許諾の範囲:
- 媒体: ウェブサイト、SNS、メールマガジンなど、利用する全ての媒体での許諾が必要です。紙媒体での許諾がデジタル利用を含むとは限りません。
- 目的: 報道、紹介、広告宣伝など、利用する目的に対する許諾が必要です。
- 期間: 永久利用可能か、期間限定か。
- 加工の可否: サイズ変更、トリミング、色調整、合成などが許されているか。特に印象が変わるような加工は別途確認が必要です。
- クレジット表記: 撮影者名や出典の記載が必要か。
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取得経路ごとの特別な注意点は?
- フリー素材サイト: 「商用利用可」「加工可」「クレジット不要」など、サイトや個別の画像ごとの利用規約を必ず確認します。利用規約は変更されることもあるため、利用時に確認が必要です。
- ストックフォトサイト: 購入した画像でも、利用規約に細かな制限がある場合があります(例: モデルリリースが必要な場合、特定の業種での利用制限、印刷部数や表示回数の制限など)。規約をよく読み込みましょう。
- SNSからの引用・埋め込み: プラットフォームの利用規約を確認します。埋め込み機能は多くの場合許容されていますが、元の投稿が著作権侵害である場合など、問題が発生する可能性もゼロではありません。特に個人的な投稿からの安易な引用は避けるべきです。
- 自分で撮影した写真: 著作権は自分にありますが、人物や特定の建物、敷地内で撮影した場合は肖像権や管理権の問題が発生します。
少しでも不安がある場合は、使用しないという判断も重要です。 代替となる画像を探す、権利者に確認するなど、丁寧な対応を心がけてください。
最新トピック:生成AIと画像の権利問題
近年急速に普及している生成AIは、デジタルコンテンツの制作に大きな変革をもたらしていますが、同時に権利に関する新たな課題も生んでいます。
生成AI画像の著作権
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誰に著作権があるのか?
- AIが自律的に生成した画像について、現時点では日本の著作権法上、AI自体に著作権は認められていません。
- AIを操作した人間(プロンプト入力者など)に著作権が認められるかについては、その人の創作的寄与の度合いによります。単にAIに指示を与えただけで、人間による「創作的表現」がなければ、著作権は発生しない可能性が高いと解釈されています。
- 現状では法整備が追いついていない部分もあり、今後の議論や判例に注意が必要です。
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学習データの権利問題:
- 生成AIがインターネット上の大量の画像を学習データとして利用している点も問題視されています。この学習プロセスが既存の著作物の無許諾利用にあたるのではないか、という議論があります。日本の著作権法では、一定の条件下での非享受目的での利用は許容されていますが、この解釈についても議論が続いています。
生成AIで作成した画像の利用上の注意点
- 著作権フリーではない可能性: 生成AIで作成したからといって、必ずしも著作権の問題がないわけではありません。特定の既存の画像に酷似したものを生成した場合、意図せず著作権侵害となるリスクがあります。
- 肖像権・プライバシー権: 実在の人物や特定の場所の特徴を反映するように指示して生成した場合、肖像権やプライバシー権を侵害するリスクがあります。実在しない人物を生成する場合でも、実在の人物に酷似しないよう配慮が必要です。
- 利用規約の確認: 利用する生成AIサービスの利用規約を確認し、生成した画像の商用利用が可能か、著作権は誰に帰属すると定められているかなどを把握しておく必要があります。
- AI生成物であることの明記: コンテンツの信頼性を保つため、AIによって生成または加工された画像である旨を明記することも、読者に対する誠実な対応として検討に値します。
生成AIに関する権利問題は変化が早く、常に最新の情報にアンテナを張ることが求められます。
トラブルを避けるために
デジタル時代の画像利用における権利トラブルを避けるためには、紙媒体での経験からくる慎重さに加え、デジタルならではの新たなリスクへの理解と対策が必要です。
- 権利確認の徹底: 「この画像、使っても大丈夫かな?」と少しでも疑問を感じたら、安易な使用は避けてください。権利者、許諾範囲、利用規約などを丁寧に確認することが、最も基本的なリスク回避策です。
- 記録の保管: 利用許諾を得た日時、相手、許諾内容、利用規約のスクリーンショットなど、権利処理に関する記録は必ず保管しておきましょう。万が一トラブルになった際の重要な証拠となります。
- 専門家への相談: 複雑なケースや判断に迷う場合は、著作権専門の弁護士や、デジタルコンテンツの権利に詳しい機関に相談することも検討してください。
- 編集チーム内の情報共有と教育: 編集チーム全体でデジタル時代の権利問題に関する知識を共有し、共通のガイドラインを設けることが、組織としてリスクを管理するために重要です。
結論
デジタル時代における画像利用と著作権・肖像権の問題は、紙媒体での経験で培われた権利意識が基盤となりつつも、その複雑さと影響範囲の広がりから、新たな知識と対応が求められています。インターネットの拡散性、多様な取得経路、複雑なライセンス、そして生成AIといった技術的進化は、常に新しい課題を投げかけてきます。
紙媒体の編集者として培った「確認を怠らない」「権利を尊重する」という姿勢は、デジタル編集においても非常に重要です。それに加え、デジタルメディア特有のリスクや最新の技術動向について学び続けることで、より安全で信頼性の高いデジタルコンテンツを制作することが可能になります。
デジタルコンテンツにおける画像利用は、単に見た目を良くするためだけでなく、読者との信頼関係を築き、コンテンツの質を保証する上でも欠かせない要素です。この記事が、デジタル時代の画像利用に関する権利問題への理解を深め、日々の編集実務に役立てていただく一助となれば幸いです。